私の座右の銘
偶然は必然

 これはプロフィールにも書いている私の座右の銘?ってほどのものではありませんが、自分で作った好きな言葉です。

 人と人との出会いはもちろん、身の周りの出来事も含めて、いろいろな『偶然』が重なり合って今現在がある。そしてそれは自分の人生において『必然』だったのではないか?と思うんです。
 『運命』と言う言葉を人はよく使いますが、こんな都合のいい言葉はありません。だから私は『運命』という言葉が好きじゃないんです。
 私が今1番大好きな人とは、ホントに『偶然』要素がいくつか重なることで出会いました…というか親密になることが出来ました。もしあのときあんなことがなければまた違った関係でいたかも知れません。実際に今、彼女とは最悪の状態になってしまってます。それでも、あのときの『偶然』と今こうなってる『必然』に後悔はしてません。これから彼女との間に起こるかもしれないことはすべて『必然』で、『偶然』のあとからその後に起こる『必然』との間には歴史が作られていくのです。その歴史は2人の間に起きた事実であり、蓋をして欲しくないものなのです。
 忘れたいことというのは、自分が後悔してることだと思います。もしも彼女が私とのことを忘れたい、振り返りたくないと思っているなら、彼女は私とのことを後悔しているんでしょうね。そして、自分だけ都合のいいように『いい思い出・・・』などと思われてしまったら・・・私の思いなんて彼女には関係のないことなのでしょうね。
 楽しかったこと、うれしかったことだけを思い出に生きて行くことは簡単です。それも幸せになるためには必要なことかも知れません。でも、人が人として生きて行く限り、人との出会いは避けられないし、そこにはお互いの心のやりとりがあります。そのやりとりの中で嫌なことや傷ついたことがあっても、それは2人には『必然』だったんだと思うから、私はそのことに蓋をしたり、眼を塞ぎたくない。たとえ自分にとって1番望んでる形を手に入れることが出来なくても現実の中でそのときにいられる1番幸せな形でさえいられたらそれでいいと思ってます。
 もちろん私だって自分が可愛いからわがままにもなりたいけど、自分さえ良ければそれでいいなんて思えない。苦しみを避けて人を傷つけるなら、苦しみ続けながら人に優しくいたい。
 これって間違ってるんでしょうか?

 最初にとても重い内容を書いてしまいごめんなさいm(_ _)m
 もっとわかりやすい脳天気な例をあげれば、パチンコ屋へ行きました・・・いくらお金を突っ込んでもその日はなかなかおいしい思いが出来ません。ところが、資金もあとわずかというところでドカッと大儲け!結局その日は少し儲けて帰宅・・・。
 さて、このとき『あぁ、最初からあの台で打ってれば良かったぁ~』って思う方、それは違うと思いますよ。負け続けたという過程があったからこそ、その台に辿り着いたんじゃありませんか?それが『偶然は必然』の原点です。わかりにくいかなぁ~笑

 みなさんも何かある『言葉』について考えたり、考えさせられたりしたことがあったらどうぞ遠慮なく書いて下さい。私ももっと軽めの題材を次回からは選びますから^^
 
 
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by maimuphoto | 2006-10-29 00:00 | 言葉
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